≪製筆工程≫

 奈良筆の製筆工程の基本である≪練り混ぜ≫
を、大まかに⑬に整理して説明します。

 それぞれの中にも、小さな工程が含まれている
ので、一本の筆が完成するまでには数多くの技術
が必要となります。


  (※作る筆に応じて、広島・熊野筆の≪盆混ぜ式≫
      工程の中に取り入れています。)


 工程表の写真は、始めから終わりまで同じ筆で
はありません。それぞれの工程が見易いように
適宜変えてあります。

 極上羊毛筆には“腰毛”を入れないで“化粧上
毛”を巻かないこともありますが、ほとんどの筆は
価格に関係なく同様の工程の流れを経て作られ
ます。

  <製作・監修> 筆工房・楽々堂(筆職人・御堂順暁)

 
【 筆職人の道具 】
 下の工程表にもでてきますので、まず、製筆に使う道具をご覧ください。そんなにたいした
工具はありません。自作出来る物もあります。ただ、クシは最必需品ですが、これが無くなれ
ば筆作りもできなくなるかもしれません。消耗品なので、自分が生涯使う分位は買い貯めて
いますが、値段も上がり入手も困難になりつつあります。

物指、コマ、クシ、ハサミ、平目竹、
半サシ、小刀、三角刀・・
火のし器、寸木、手板、焼きコテ、
角金、手金、ハサミ・・

     【 製筆工程 】 動画で見ることもできます ⇒ 【風の荘「円相」・筆職人(30:31)】

 ①選別(毛組み)
  製作する筆に応じて原毛をより分ける。(価格、長短、本数などを考慮して) 兼毫筆の
 場合は、馬毛・羊毛・狸毛・鹿毛などの“毛組み”をする。

大きな袋の中から原料を選びだす。
作る筆のレベルに合うよう選別する
全工程の中でも最も大切な作業。
 

今回作る筆に混ぜ入れる他の原料
(狸毛など)の分量や長さなどを検討
する。

これは、上毛(化粧毛)に使う原料の
長さと分量。馬の、白と赤の腹の毛。

 ②火のし
  原毛にモミ殻を焼いて作った灰をふりかけ熱を加える。

 一房ごとに皮が付いているので、
クシで取り除く。綿毛も取り除く。



 灰をふりかけ、毛を新聞紙に包ん
で、板状のアイロンで熱を加える。
脂肪分を取り、毛を直にするため。

  ≪兼毫筆≫の場合は、数種類の
  原料を組み合わせて作る。


 
③灰もみ(毛もみ)
 “火のし”した毛を鹿皮などに巻き込んでもみ上げる。(脂肪を除き、曲がりを直し、墨含み
 を良くするため)

“火のし”が充分効いたら、熱い内
に、鹿の皮に包みこむ。(原料に
よって加熱の時間をかえる。)

羊毛はやわらかく、馬の毛はゴシ
ゴシという具合に、これも原料に
よって手加減する。

  灰をきれいに落とし、毛を根元
に戻す。職人により大きさは色々。


 
④尖そろえ(尖寄せ)
  もみ上げた毛を“手板”や“寄せ金(手金)”などを使い、“逆毛”や“すれ毛”などを取
 り除きながら、きれいに毛先に揃える。

クシを通しながら、毛先を揃え
つつ、切る長さまで抜き取る。



  “手金”“手板”を使い、カチ
カチと両方を打ち合わせながら、
毛先を寄せて揃える。

 揃える途中、“半サシ”(小刀)
の先に逆毛や、すり減った毛を
ひっかけて取り除く。

 ⑤寸切り
  毛先にそろえたものを水でぬらし、固めてから“寸木”で、製作する筆の長さに応じて
 切る。 (これが筆先の“命毛”になる)

“角金”に入れ、“寸木”を当てて作る筆
の長さに切る。水でぬらして固めてから
切る時と、乾いたまま切る時がある。
 

多量に筆を作る場合は、乾いたまま
切る方法(広島・熊野筆製筆法)を
採用している。(ここの工程だけ)

 これは上毛を≪盆混ぜ式≫で
作っているところ。(①の3をクシ
で抜きながら、何度も混ぜる。)
 
 ⑥形付け
  筆の形(円錐形)にするため、“命毛”に“喉毛” “腹毛” “腰毛”などを重ね合わ
 せる。これを“平目”という。   
( 図は各種の原料を混ぜて作る≪兼毫筆≫の毛組。 )

左から“一の毛”“一に混ぜる毛”
“二の毛”“腰毛”の平目。右に
なるほど寸法が短い。

それぞれ一枚ずつを、4等分して
並べる。


順番に重ねる。“一の毛”に段階的
に短い毛を入れることにより、円
錐形の筆の形にする。

 ⑦練り混ぜ(毛混ぜ)
  ⑥で重ねた“平目”を“半サシ”で薄く引き伸ばしたり、まとめたりしながら、むらのない
 ように充分に混ぜる。また、この時、先端に残った“逆毛”や“すれ毛”を除く。
 (これを“さらえ”という)

平目の端から“半サシ”で崩しな
がら、薄く引き伸ばしていく。



丸めてまとめる。何度も繰り返し、
むらのないよう混ぜる。不充分だ
と、筆が割れる原因となる。


混ぜる途中、筆先にあると書き味を
損なう悪い毛を取り除く。毛質を見
極めて徹底的に取り除くのは、高度
な技術を要する。

 ⑧芯立て
  練り混ぜの終わった“平目”の根元に“布海苔”をつけ(さばけなくするため)、一本分の
 大きさに割って丸め“コマ(筒)”にはめて、大きさを一定にする。

一枚目の平目が終わったところ。




どの“コマ(筒)”を使うかは軸の
太さによって決まる。筆の形が悪
ければ、その部分を補う毛を足し
て練り混ぜをやり直すこともある。

 “コマ”にピッタリ合うようにし
て、大きさを一定にする。更に、
筆先に 少し飛び出した毛が
あれば取り除き整える。

 
⑨上毛巻き(ころも掛け)(化粧毛掛け)
  “芯”に薄く広げた“上毛(化粧毛)”を巻き付ける。(“上毛”は“芯”とほぼ同様
 の手続きでつくる)“上毛”は単なる化粧用に止まらず、“芯”の“腰毛”などの散逸を
 防ぐ役目もある。

一本分の上毛を薄く広げる。



筆芯を回しながら巻きつける。筆芯が
濡れている時にする場合と、乾かして
からする場合がある。

  天日で乾かす。
 (左とは異なる筆)


 
⑩焼き締め(尾締め)(くくり)
 “上毛”巻きの終わったものを良く乾燥させた後、根元を麻糸でくくり“焼きコテ”で焼き、
 固く締める。        < これで“穂首”(筆の毛の部分)の出来上がり >

麻糸で、筆の根元を焼きながら、固く
締め付けくくる。接着剤は使わない。


筆芯が黒、上毛が白なので巻いて
あるのが良く分かる。焼きくくりが
不充分だと、毛が抜ける原因となる。

糸が切れなく、うまくいくと、こん
なに長く連なることもある。


 ⑪繰り込み(管込み)(軸入れ)
  “筆管(軸)”の小口を小刀でえぐり、接着剤をつけて“穂首”を差し込んで固定する。
                < 羊毛筆などの“さばき筆”はこれで出来上がり >

軸は少し肉厚なので(竹軸も同じ)
筆が入るよう小刀で内側をえぐる。

  軸の中に接着剤をつける。

  1㎝弱、筆を中に挿しこむ。


 ⑫糊固め
  兼毫筆などは“布海苔(または化学糊)”で“穂首”を固めて形を整える。これを筒
 などに立てて乾燥させれば出来上がりである。

硬めに溶かした“布海苔(または
化学糊)”を、たっぷり含ませる。

クシで解き、糸を巻き付け、回転
させながら、余分な糊を取り、形を
整える。

   天日で乾かす。


 
⑬仕上げ(総仕上げ)
  “サヤ”をさしたり、“レッテル”を貼ったり、筆銘を彫刻したりして体裁を整える。
                           (クリック)≪筆の命名≫

筆銘を三角刀で彫り込む。これは専門
の職人さんの仕事だが、当堂では自前
で行っている。

   色を入れる。



それぞれ3種、左右同じ筆。右は糊固
めしたもの。羊毛筆はほとんど左の
“さばき筆”で流通する。

 
  以上、写真を添えつつ、筆作りの工程をご紹介しました。
 
  私は「奈良筆」の製筆法の≪練り混ぜ式≫を中心に筆作りをしていますが、「広島・熊野
筆」の≪盆混ぜ式≫の長所も取り入れています。また、産地に居れば、「糊固め」や「文字彫
り」は専門の職人さんに依頼するところでしょうが、全部自前でしています。

  産地(組合)に属している訳でもないので、製筆法にはこだわりはありません。色んな方法
を取り入れ、合理的に、しかも確実に、完成度の高い筆を作りたいと思っています。いまでは、
もう≪楽々堂製筆法≫になっているのかもしれません。

  ここにご紹介した≪製筆工程≫が、何かお役に立つのであれば、どうぞご自由にプリント
してお使いください。 ご利用していただければ、こちらこそ有り難い限りです。



※ 2011年2月より、出演したTV番組が「You Tube」に公開されています。
製筆工程を動画で見ることができます。   
「伝えたい 日本のこころ」 筆職人


  
以前、筆の見学に来られた方が、私が実演したのを写真に撮り、ご自分のホーム
ページで紹介して下さっています。こちらです。
⇒(クリック)≪ 筆の里 ≫