町人 三宅 氏の活躍

伊右衛門の次男、傳右衛門は、病身のため仕えることができず、町宅を願えいって、新町に家屋と店舗を受け取り屋号を萬屋とした。運輸業を営んでいた萬屋の変遷を下記に示します。

氏名 家系相続年代 店構え 役職
三宅 傳右衛門(萬屋の祖)      
善兵衛 寛文年中 表口6間半余り入15間5尺 町目付相勤
長兵衛 寶永年中 角より表口6間半入り15間5尺 新町組頭相勤
弥平治 寛保年中 角より表口3間半入り15間5尺
(父 長兵衛は、長女に別家相続を行った)
目付相勤
弥平治
(長男 新之助が23歳で死亡したので新町亀屋からの養子)
安永年中 角より表口3間半入り15間5尺 目付兼壷ヶ歳相勤
新町組頭相勤
弥三右エ門
(臼杵掛町居徳屋よりの養子)
文政年中 角より表口3間半入り15間5尺 府内町組頭相勤
司馬蔵   天保6年2月13日不意ニ役人御差向相成居屋鋪御引揚相成 札場出勤
禮太郎 天保13年   札場出勤
浦蔵      
恵蔵
(浦蔵の長女 キミヨの養父)
明治    

明治末にキミヨは軍人の春男を養子に迎え、恵蔵の代で萬屋 三宅家は商いを辞めた。


最終更新日: 01/29/05